2023.02.08

ヘーゲル『宗教哲学講義』は、どのように成立したか?

比較宗教学の先駆的試み
19世紀のベルリン大学で絶大な人気を誇り、いまなお多くの人に読み継がれるヘーゲル。その「宗教哲学講義」は、死の直前まで思索を続けた大哲学者の最終到達点である。

その様子を忠実に再現した講義録は、ヘーゲル哲学の理解に欠かせない入門書であり、東西の宗教を可能な限り考察した、比較宗教学の先駆的試みでもあった。

このたび、彼の晩年の講義『宗教哲学講義』が学術文庫に収録されたことを記念して、本書の訳者で、『神と国家――ヘーゲル宗教哲学』という著書もある山﨑純(静岡大学名誉教授)氏によるエッセイをお届けする。
 

既成のヘーゲル像の崩壊

1831年に没した、ドイツ観念論の代表的な哲学者ヘーゲルは、「完璧な哲学体系を完成させ、その原理をさまざまな領域に応用していった」とされ、他方で、自らの哲学体系に固執したとして、ニーチェやキルケゴールによって辛辣に批判された。

しかし、20世紀後半から進められてきた文献批判的研究によって、こうした既成のヘーゲル像は大きく変貌しつつある。とくに、彼の体系が完成されたとされる晩年の講義の筆記録の公刊によって、そうしたヘーゲル像は音を立てて崩れ落ちていった。

このことを極めて鮮明に示したのが、『宗教哲学講義』の新版(ヴァルター・イェシュケ編集。1983-85年)だ。本書は既存のヘーゲル像を一変させ、ヘーゲル研究の転換をもたらした、記念碑的なものといえる。

ヘーゲルが、すでに出来上がった体系に安住するような思想家ではなかったことは、講義を読めば明らかである。ある講義では、前の時間に予告したことを次の時間には撤回することすらあった。彼は最後まで現実と格闘し続け、みずからの体系を解体・再構築し続けたのだ。

誤ったヘーゲル像がつくられた理由

では、なぜヘーゲルの誤ったイメージがつくられてきたのだろうか。その一因は、これまで読まれてきたヘーゲルの『宗教哲学』にある。

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