社会にとって「寄生者」とは誰のことなのか?
二〇二三年三月二十六日(日)、ジュンク堂池袋本店にて、『食客論』(星野太)著の刊行を記念して、『不審者のデモクラシー』などの著書のある政治学者の山本圭さんと対談していただきました。
そのトーク「パラサイトとは誰か?」を三回にわたって掲載いたします。
初回は同世代の研究者であるお二人が見てきた「差異」に基づく政治とその限界について。
九〇年代から増えてきた「共生」という看板
星野 きょうは私の『食客論』の刊行記念イベントとして、山本圭さんにお越しいただきました。どうぞよろしくお願いします。
山本 お願いします。
星野 連載中から、山本さんとはぜひお話ししたいと思っていました。
私の本に出てくるいくつかの論点に関しては、これまでの山本さんのお仕事からけっこう影響を受けています。きょうは、とりわけ政治思想の観点から『食客論』について話をしていければと思っています。
食客、パラサイト、寄生というテーマに着目したそもそものきっかけは、第一章で取り上げた「共生」という言葉にありました。山本さんと私は同世代ですが、我々は大学生くらいのころから、この言葉をよく耳にしてきたんじゃないかと思うんです。日常的にもそうですが、とくに大学にいると、「共生○○」のようなプログラムや学科が急増していった時代に、学生として過ごしている。
私自身はといえば、共生について考えるのはいいんだけれど、同時にそれにツッコミを入れたくなる気持ちもずっとありました。共生という理念を批判したいわけではなく、その言葉をただ無批判に使っていていいんだろうかという問題意識がありました。
本書における「寄生」という言葉もそこから来ています。「共生」が「co-existence(共に存在すること)」であるとするならば、「寄生」を「para-existence(傍らで存在すること)」として考えることはできないだろうか。そういうことを理論的に考えることはできないかなというのが、昔からぼんやり考えていたことでした。
山本 ちょっと調べてきたんですけど、九〇年代ぐらいからじわじわと「共生」というのが行政あるいは大学で増えてきたようで、その前の流行は「国際」とか「国際化」でした。僕は、今はなくなったんですけど名古屋大学の国際言語文化研究科を卒業しているんですが、「共生」の前は、あちこちの大学で「国際○○」という学科とか学部がつくられていました。それが一周回って、今度、「共生」に変わりつつあるころに、僕たちが大学生あるいは大学院生をやっていたのかなという感じですね。
星野 最近見かけたウェブのニュースの記事で読んだんですが、今、「国際○○学部」というのはあまり人気がないようなんですね。おっしゃるように、一昔前は花形の学部だったわけですが、時代が回って、今の私大の学部人気ランキングでは順位を落としているという話を聞きました。
山本 「共生」はどうなんですか。
星野 「共生」は、学部レベルで看板に掲げているところはそこまでないと思うんです。すこし調べてみたところ、「人間共生学部」「社会共生学部」「国際共生学部」のような「◯◯共生学部」というパターンが多かったです。どちらかというと、学部・研究科内のプログラムや単発的なイベントでよく使われるなという印象がありました。
それからもうひとつ、私が学生時代のころからややモヤモヤしていた問題に「他者」をめぐる理論があります。とくにフランス現代思想などを勉強していると、他者論として出てくるのがすごく遠い他者だったり、神を含めた絶対的な他者ばかりであることが長らく気にかかっていました。
現代思想でなくとも、政治理論で言えばカール・シュミットのような人は「敵」というカテゴリーを政治の根幹に据えるわけですよね。友か敵か、その極端な対立から政治という営みは生じるのだと。
そうした極端な他者にたいして、私はもうちょっと「ぬるい」他者に関心があったんですね。たとえば東京で満員電車に乗れば、なぜか見ず知らずの人と肉を触れ合わせて何十分もすし詰めにされなければならない。あるいは映画館に行けば、そこでは百人、二百人くらいの人が同じ作品を見て、たがいに一言も言葉を交わさずに帰っていく……これも、私にとっては真剣に考えるべき「他者」をめぐる経験だったんですね。ごく近くにいる身内でも、はたまた遠くにいる他者でもなく、もっとそのあたりにいる普通の隣人に光を当てることはできないか……。そんなことを考えているうちに、山本さんの『不審者のデモクラシー』に出会いました。