もう1つのデフォルト懸念?米債務上限去ったのに【経済コラム】

金融やビジネスの世界でデフォルト=債務不履行と聞くと、ドキッとする方も多いのではないでしょうか。世界の投資家が気にかけていたアメリカ国債のデフォルトは、Xデーが来る直前にバイデン大統領が政府の債務上限を一時的になくす法案に署名し、危機は回避されました。しかし、世界には次なるデフォルトリスクがささやかれている国が存在します。その1つが南アジアのパキスタンです。金融市場や国際情勢に悪影響を及ぼしかねない新たな危機とは?(アジア総局記者 影圭太)

デフォルト寸前?

「いつデフォルトしてもおかしくない状況だ」

新興国や発展途上国の経済を専門とする第一生命経済研究所の西浜徹主席エコノミストはこのように語り、パキスタンの経済情勢に懸念を深めています。
パキスタンとはどのような国なのでしょうか。
実は潜在的には経済成長が期待できる国だと言われています。繊維産業や農業が主力産業で人口は2億人以上。毎年の出生数はおよそ600万人とされ(日本は2022年に80万人割れ)、今後も人口増加が続くと予想される、若くて巨大な市場です。

しかし、恒常的に貿易赤字となる弱い経済体質が続いていたところに、2022年、大規模な洪水に見舞われ、経済の混乱が一段と深まっています。

外貨準備高は2023年1月末時点で、およそ31億ドルと1年前の5分の1以下まで急減。通貨安とインフレの同時進行に悩まされています。

通貨パキスタンルピーは、2年前は1ドル=160ルピー前後だったのが、今は280ルピー前後にまで急落。2年間で価値が半分近くにまで落ち込みました。

インフレも加速し、消費者物価の上昇率は前年比30%台が続いています。

私たちの財産にも影響?

そもそも外国の国債がデフォルトすると私たちの暮らしにとってどのような悪いことが起きるのでしょうか?

デフォルトは債務の不履行ですから、借りたお金を返せないことになります。
仮にみなさんの投資信託や確定拠出年金(DC)にパキスタン国債が入っていたとします。この国債がデフォルトすることで、投信や確定拠出年金の一部が焦げ付き、お金が一部返ってこない、あるいは運用成績が悪くなってしまうといったことが考えられます。

過去にはこんなことがありました。アルゼンチンの円建ての国債(サムライ債)は高金利で人気がありましたが、2001年にデフォルトし、保有していた個人投資家や公益法人などに対し償還や利払いが行われない状態が続きました。

遠い国の国債デフォルトはもしかすると私たちの財産にも影響するかもしれないのです。

大手格付け会社が警戒

パキスタン経済の厳しい状況を受けて、大手格付け会社「ムーディーズ」は2023年2月、パキスタンの国債の信用度を示す格付けを一気に2段階引き下げ、「Caa3」に。

「外貨準備高が大きく落ち込み、輸入と債務の支払いに必要な水準をはるかに下回っている」としました。

別の大手格付け会社「フィッチ・レーティングス」も2月に2段階の格下げを行いました。

欧米の利上げの影響も

パキスタンが経済的に苦境に陥っている背景の1つには、欧米が続けてきた利上げの影響もあると指摘されています。
アメリカのこれまでの利上げでドルの金利は上昇し、それがパキスタンなど発展途上国のドルなど外貨建て債務の返済負担を増しているというものです。

欧米がインフレの抑え込みに成功し、利下げが視野に入ってこないと、発展途上国の債務状況は厳しいままです。

2022年には南アジアのスリランカやアフリカのガーナが対外債務の支払いを停止すると発表し、事実上のデフォルトに陥りました。今の状態が続けば今後はその数が増えていくことも懸念されています。
第一生命経済研究所 西浜徹 主席エコノミスト
「投資家が保有する国債の割合はそれほど高くないとみられ、仮にデフォルトしても直接的に金融市場を揺るがす事態になる可能性は低い」

第一生命経済研究所の西浜エコノミストはパキスタン国債についてこう指摘する一方で、パキスタンをめぐる地政学リスクが高まることには警戒が必要だとしています。

「パキスタンに多額の資金を貸しているとみられる中国、その中国と国境を巡って対立するインドなどがパキスタンの債務再編や経済支援に関して入り乱れたり、けん制しあったりして地政学リスクが高まることが最大の懸念だ」

歴史に学び、リスクの見極めを

ロシアによるウクライナ侵攻、エネルギー価格高騰に欧米の急速利上げ、いくつもの異常事態が重なり、そのひずみが「稼ぐ力が弱い国」に押し寄せています。

法案を可決できればあっという間にデフォルトリスクから解放される国とは違い、複雑な国際情勢によって逃げ場を失いかけている国が世界には存在します。
預金引き出しに銀行窓口に殺到する市民 タイ バンコク(1997年8月)
1997年にタイが震源地となったアジア通貨危機など、過去の事例を振り返ると、新興国、発展途上国で起きた危機があっという間に世界に伝わり、市場を揺さぶったことがあります。

歴史に学び、冷静にリスクを見極める必要がありそうです。

来週の予定

来週は日米欧で金融政策の発表が相次ぐ「中央銀行ウィーク」です。アメリカのFRB=連邦準備制度理事会は利上げを一時停止するのではないかとの見方が市場では依然根強いですが、カナダの中央銀行のサプライズ利上げの影響を受けて、FRBも利上げするのではとの見方も出ています。アメリカが利上げを決め、日銀が今の金融緩和を維持すれば再びドル高円安が進む可能性があります。

また、新興国にとっても通貨安が再び加速するかもしれません。